不思議のるつぼ

アドココはづき日誌

2022/01/27/Thu

 

今日のチャネリングメッセージ

 

とどかぬときこそ そのおもいを

抱きしめ 温めるがよい

 

とわに生きる 魂のカケラ

そのひとつひとつ 出会いに

意味がある

 

いつでも 胸の中心に 宿りし

天からの しずく

その 波紋に 言葉をのせなさい

 

導きに 身をゆだね 自らの

ゆく先を ただまっすぐに

見つめ 進むがよい

 

私たちを 頼りにしてくれて

かまわない

 

顔をあげて まっすぐ 見つめなさい

 

いつだって あなたの 側にいます

 

安心して 心の向くままに

 

進んで ゆきなさい

 

胸のまん中に しっかりと

 

根ざしなさい

 

すべては 起こってゆくから

 

楽しんで 下さい

 

導く手を にぎって しっかりと

 

歩みなさい

 

常に 時は 満ちています

 

今 こそが 全てです

 

どうか 祝福を

 

しっかりと 受けとって 下さい

 

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ということでした。どうやらミカエルっぽいです。

このドーンとした安定感のある感じ、ミカエルのバキッとしたカッコいいバイブス、好きです。

 

ところで、この好きって、なんなんでしょうかね?

いつまでも思春期みたいなこと考えてるんですけど

いまだにずっと分からなくて。

不思議だなあ、と思うんです。

 

この「好き」っていう気持ちで、いろんな人と出会ったり

物事や場所と出会ったりしているんですけど

どれも大切な出会いになっていて。

 

この「好き」はいったいどういう仕組みで感じているのだろうか

って、考察するんですけど、もう全然わからない。

けれど、わからなくていい、っていう気持ちがどこかにあるのかもしれないです。

神秘を宿しておきたいから。

何もかも理論的に言葉で説明できたら、白けちまうかもしれないですから。

 

ただ、いかにどのように好きかは、すごく語りたくなるってのはありますよね。

なにをどう見てどんなところを良いと思って、好きと感じているのか。

 

「人は自分の好きなことについて語る時、饒舌になる」

むかし、東京のオープンマイクイベントの記事に書いてあった言葉が脳裏に浮かびます。

 

ところで最近何度か自分のセクシュアリティ診断をしてみていて少しずつ毎回違ってたりするんですけど

どうやらXジェンダーノンバイナリーというのはだいたい毎回共通していたりするので、どうやらそうらしいって感じています。

 

なんかねえ、自己認識を他者との違いとして比較して認識してこなかったのは、違いすぎていて話にならなかったというのもあるし

当然、全員違うのが当たり前過ぎて気にしていられなかった、というのがあるんですよね。

 

だから、まあ他のいろんな面で、自分がマイノリティ側に立つことが多くて

それが当たり前になり過ぎちゃってて、なんとも思ってこなかったというか。

まあ、これが私の普通だから、仕方ないし違ってるのは当たり前すぎるし

まあ世界はこういうものだろう、という認識だったんですよね、ずっと。

この辺のことは、前にも書いたいけど。

 

で、いざ、じゃあ、セクシュアリティに関して診断してみたら

ここでもどうやらマイノリティに属してるっぽいなってわかってきて。

自分は特にセクシャルマイノリティだという意識無かったですから

いやあ知らなかったな、これが普通だと思ってたって感じなんですよね。

 

ちょっとセクシャリティに対する意識の解像度が低かったんだと思う。

あんまり気にしてこなかったから。

気にしないでこれたのは、マジョリティに属しているからなんだろうと勝手になんとなく雰囲気だけで感じてきたんだけど

自分の感覚的なことをしっかりと感じながら答えてみたら、ぜんぜん、そうじゃなかったというか。

えっ、違ったんだ、みんなはこういう感じじゃないってことなのか、とちょっと驚いたんですよね。

 

こんなだからあんまり苦しんだりしてこなかったんですよね私。

ちょっとモヤモヤしたりヒリヒリするくらいで済んでたっていうか。

 

診断内容見てみたら、な〜る〜ほ〜ど〜ね〜みたいな気持ちにもなりました。

なんか、天然ぽい感じだなって、自分でも思いました。

 

そして、突然本題に戻しますけど

ここでチャネリングしている言葉は、私に向けて、かつ、私が発信することによって読むことになる人のために

という意図を投げて、降りてきた言葉です、ってことを最後にお伝えして、今日はおしまいにします。

 

おやすみなさーい!