不思議のるつぼ

アドココはづき日誌

本当の「努力」とは

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旅をするときに、飛行機に乗ったりすると、移動速度が速すぎて肉体よりも魂が後から到着するから

すごく疲れるのだ、という話を聞いたことがある。

 

なるほど、と思った。

 

それとは別の話だけど

スピリットの方が先に動いていて、それから心が動いて、肉体が動いて、肉体の持ち主である自分の意識はその後だから

理由も含め、なんのことだかよくわからないまま、動いていることというのもある。

 

一体、なぜこんなことに?と思いながら導かれていく自分を眺めていたりする。

 

そういうのは、生まれてくる前に約束をした、魂の待ち合わせみたいなものなのかもしれない

そういうことに肉体の持ち主が付き合わされているというか、導かれているというか

意識になかなかのぼってこないけれど確実にそこにある魔法のような力が働いて不思議だな、と思いながら、動いてしまうことってある。

 

そういった経験が何度もある。

 

自分の意識よりも、見えない意思の力が働いているような状態。

 

以前は、そういったものに振り回されているような感覚があったし

いったい何なのかわからないまま動いてしまうことって恐ろしくもあるので

極力避けていたところがあるのだけど

 

最近は、何かに導かれているのだな、とフラットに受け止められるようになった。

今年になって、毎日グラウンディングを深め、チャネリングをすることで

目に見えない高次元の意識存在への信頼と、自分自身がそれをしっかりと受け止められる器になってきていることに対する信頼が深まっているのということだろう。

 

このような信頼というのは、誰かに対価を払ったら得られるようなものではないので

 

とても価値がある。

 

自分自身の行なったことによって地道に築いてきた信頼というのは、そう簡単に揺らがない。

 

私の師匠の本郷綜海さんからは「コツコツと地道に積み重ねていくしかない」と、よく言われていたのだけれど

 

今になって、なるほど、こういうことなのか、と腑に落ちる思い。

 

やっぱり、人からこうだよ、と教わってもそういった知識それだけじゃあまり活用できなくて

 

実感や体験が伴って腑に落ちてこそ、本当の学びになるのだな、と思う。

 

こんなに地道に研究を続けては実践を重ねてきたのに、自分は「努力が嫌い」だと思っていたのだから笑ってしまう。

 

努力とは「特別好きでも興味があるわけでもないことを無理して頑張って継続して実行しなければならないこと」だと、思い込んでいたのだ。

 

だけど、努力っていうのは、本当はそうじゃない。

 

自分が興味関心のあることに向かって、ほとんど無意識とも言えるくらいに研鑽を重ね、実行し続け、考察を重ね、気づいていたら楽しいから継続してしまっているような、ある種の才能が発揮されている状態のことを、本当の「努力」というのだと思う。

 

だから、本当に無理を自分に強いることなんかないのだと思う。

やら「ねば」ならないことなど、何一つない。

 

やりたいことを、ただひたすらにやっていくことこそ、たいせつなこと。

 

そして「やりたくない!だけどやる」というように自分のなんらかのニーズに応えるために意思を発動させることだって、アリだ。

 

やらなくちゃ、で動かないと決めること。やりたい、で動くと決めること。

 

そうすると、案外スルッと、自分の得意なことで生きていけるようになるものかもしれない。

 

2022/2/27/Sun