不思議のるつぼ

アドココはづき日誌

その絶望を食べようか

今までずっと

装うときも化粧するときも

「女装だぜ」という気持ちが無かったことなど無い。


私はただ、私らしく在りたいだけ。


身体女性で生まれた自分を受け入れ続け

抱きしめるようにして

装い、化粧をしてきた。


ときにうっとりと酔いしれつつ

ときに煩わしく嫌悪しながら


みんなの知ってる「女」を纏って味わってきた

 


え?みんなそうじゃないの?

 


「女に生まれるのではなく、女に、なる」


第二の性』を読んで、ああ、そうだよな

って思ってたから

この自分の感覚が当たり前だと思っていた


社会の求める「女」を身をもって引き受けて

それらしく振る舞うように努めるのが

「女」になるということだと

ずっと思っていた。


だから、毛を抜けとか痩せろとか

これを着ろあれを着ろ

こうやって化粧をして

こうやってモテるようになれ

とか


そういった社会が言ってくる言葉に耳を塞いだ

若く幼き心で揺れながら

ときに反抗し、ときに迎合し

病んだり癒されたりしながら


岡本太郎を師としたときから

私は私だということだけで良くて

ただ瞬間に舞うように

炸裂するように生きたかった

自由を求め、自由を愛して

ぜんぶを味わおうって

決めたから


ふくらむ胸がイヤで猫背になったりもしたけど

それがイヤで削ぎ落とすよりも

この体を引き受けるほうを選択したから

 

身体が女であることを引き受けて

そのポテンシャルをしっかりと味わおうと決めて

生きてきた


だけど


私は今でもいつだって

ただの私だ


身体に意識をフォーカスすれば

ああ、女だな、と思う


だけど、この私の魂に性別なんかない


私は私だ


とてもユニークで愛おしい

私という魂の

器に

たまたま性別があった

というだけのこと


こんな当たり前のことに

名前がついてるなんて

考えたこともなかったし


多くの人が自分のように感じたり認識したりしていないなんて、知らなかったし


みんな違うのが当たり前だから

人との差異に無頓着だった


あーそりゃあ違うよねー


としか思わなかったから


人と違うことで傷ついたりしなかった


自分はアーティストだし

人と人とが違うということなんて

素敵なことだとしか思わなかったから


みんなと同じが安心するっていう人もいるけど

本当はみんな違うのに表面上は同じフリをしていなきゃいけないことが窮屈で苦痛だった


そう、それで

やっぱり私は自分がすごく

普遍的な人間だって

同時に思っている


あなたと何も変わらない

ただのひとりの人間


そして誰もが特殊で唯一無二で特別な存在


どちらも同時に成り立っているのが

この人生だし

この世界


あなたと私は

全く別の人物だけど

全くもってただの人間だし

そんなに変わらなくもある


だけど

多数派じゃないとされたら

簡単に無かったことにされてしまうから

たくさんの微細な差異に名前が必要で

それを掲げたり背負って生きる人がいる


肩書きや名乗りに関してはとても悩ましい

だって、私はただの私だから

ただの人間だから


だから、本当はなんでもいいんだけど

沢山あるその差異の中に私に当てはまるものがあるならば

その片棒を担ごうか

という気持ちになっている


簡単になかったことにされてきた人たちのことを思うと

その痛みを私が引き受けられるなら

喜んでするよ、と思う

痛みってのは、分け合えば一人分が減るものだから


あなたの絶望を

美味しく調理して

分け合って食べたい

 

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