不思議のるつぼ

ほんとうのことも たいせつなことも ふしぎのなかでかがやくまほう

宇宙の完全さが響き渡っている

今この時を 何千年 何億年の

旅路の通過点であると

見ることはできますか

あなたを通して過去と未来が交差しています

過去の全てを背負い

今ここに立ち

未来を創造しています

ときに あなたは

その重みに圧され

身動き取れずにいたことも

あったかもしれません

しかし それすらも 完璧な

青写真の中にあるということ

覚えておいて下さい

今 ヒト は 新しい領域に

立ち入ろうとしています

摩擦や苦難に感じることも

あるでしょう

しかし これは壮大な

宇宙の計画のごく一部であり

全て これこそ 完璧であると

宇宙の完全さが

隅々まで響き渡っていると

知っておいて下さい

あなたの真実を生きること

心躍る魂の歩みをすすめてゆくこと

信頼を携えてゆくこと

全ては祝福されています

喜びのうちに生きるのです

愛を送ります

導かれて歩むことを

恐れないように

見守っています

全てに宿る美を

見出しなさい

そして歩むのです

祈りは届きます

ハートにいてね

LOVE

*********************

6/30のチャネリングメッセージ。

最後なんか、天使のような存在がひとこと言い足していったんだけど

かわいかったです。

カードは
NOT THE RIGHT TIME
NOではなくて「今はまだ」なのです。
完璧なタイミングが来たら、あなたはそのことを知るでしょう。

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魔法を生きること

尊きものたちよ

 

恐れをなすことの本質を

 

見届けるつもりはあるのか

 

それならば ただ 行くがよい

 

恐れとは 本質を 蝕むもの

 

幻想を解き放ち

 

その外側へ出なさい

 

あなたの本質は愛だから

 

それは無限である

 

いくつもの時空を跳び超えて

 

今 そこから 輝きなさい

 

全ての本質は 愛だから

 

安心してくつろぎなさい

 

何も恐れる必要はないのだと

 

知りなさい

 

あなたはただ そこにいるだけで

 

多次元的な存在です

 

ただ愛であること

 

愛として在ること

 

愛として為すこと

 

それを貫きなさい

 

光は満ちています

 

時を自在に用いて

 

魔法を生きるのです

 

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恐れの向こう側で生きる

誰かを好きになったけど

怖くて一歩も踏み出せない

 


そんな気持ちになったこと

私にだって全然あった

 


だけど、今は全くない

 


それはなぜか?

 


人は簡単に死ぬ

あっけなく死ぬ

 


死ななくても突然の別離がやってくることもある

 


その痛みの中で

私は何度後悔しただろう

 


もっと素直になればよかった

もっと優しくすればよかった

好きだと愛してると伝えればよかった

あなたは大切な人だと言えばよかった

出会えてよかったと

あなたに生きていて欲しいと

言えばよかった

手を繋げばよかった

もっと仲良くしておけばよかった

 


別離の中でも

死は残酷なくらい絶対的なものだ

 


もう二度と、会えない

もう二度と、触れられない

もう二度と、話せない

もう二度と…

 


この後悔を思えば

なにも怖くない

 


周りの人の死が

私に何度も教えてくれたこと

 


後悔しないように生きること

 


そして、何度も何度も

悔やむ

 


バカだなって

自分のことを思う

 


ずっと一緒にいられると思ってた

またいつでも会えると思ってた

 


何度も忘れて

何度も後悔する

 


もっとこうしてたらよかったのに

って

 


きっと、こういう後悔って

無くなることなんて、ないのかもしれない

 


せめて、自分が旅立つときくらいは

楽しかったな

ってそれだけで、死にたい

 


だけどたぶん

私は欲張りだから

もっと愛しあえたらよかった

って思う気がする

 


もっともっと

みんなと愛し合いたかった

って

思う気がする

 


恥ずかしかったり

こわかったり

照れちゃったりして

 


なかなか

この身をもって

あなたにどうして愛を伝えられようか

と思う

 


言葉だけでも

言葉だけじゃなく

肌だけでも

肌だけじゃなく

 


どうやったら

伝えられるのか

 


この張り裂けんばかりの愛を

あなたにどうして伝えられようか

 


想念やテレパシーだけじゃ

全然伝わらないこの

地球という物質世界の限界の中で

無限の愛を伝えられる方法が知りたい

 


ちゃんと愛をあなたに届けたい

 


この身体で全身でそうやって生きるの私は

 


それだけなの

 


素直でいないことの理由なんか

ひとつもないの

 


そんな暇ないの

 


それだけなの

 

 

 

愛してるよ!

好きだよ!

 


って

 


伝えるよ

今日も

 


会えないあなたにも

 


言葉があって

文字があって

iPhoneがあって

電気があって

身体があって

健康で

 


よかった

 


今日もありがとう

 


みんな、大好きです。

 

 

 

LOVE

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その絶望を食べようか

今までずっと

装うときも化粧するときも

「女装だぜ」という気持ちが無かったことなど無い。


私はただ、私らしく在りたいだけ。


身体女性で生まれた自分を受け入れ続け

抱きしめるようにして

装い、化粧をしてきた。


ときにうっとりと酔いしれつつ

ときに煩わしく嫌悪しながら


みんなの知ってる「女」を纏って味わってきた

 


え?みんなそうじゃないの?

 


「女に生まれるのではなく、女に、なる」


第二の性』を読んで、ああ、そうだよな

って思ってたから

この自分の感覚が当たり前だと思っていた


社会の求める「女」を身をもって引き受けて

それらしく振る舞うように努めるのが

「女」になるということだと

ずっと思っていた。


だから、毛を抜けとか痩せろとか

これを着ろあれを着ろ

こうやって化粧をして

こうやってモテるようになれ

とか


そういった社会が言ってくる言葉に耳を塞いだ

若く幼き心で揺れながら

ときに反抗し、ときに迎合し

病んだり癒されたりしながら


岡本太郎を師としたときから

私は私だということだけで良くて

ただ瞬間に舞うように

炸裂するように生きたかった

自由を求め、自由を愛して

ぜんぶを味わおうって

決めたから


ふくらむ胸がイヤで猫背になったりもしたけど

それがイヤで削ぎ落とすよりも

この体を引き受けるほうを選択したから

 

身体が女であることを引き受けて

そのポテンシャルをしっかりと味わおうと決めて

生きてきた


だけど


私は今でもいつだって

ただの私だ


身体に意識をフォーカスすれば

ああ、女だな、と思う


だけど、この私の魂に性別なんかない


私は私だ


とてもユニークで愛おしい

私という魂の

器に

たまたま性別があった

というだけのこと


こんな当たり前のことに

名前がついてるなんて

考えたこともなかったし


多くの人が自分のように感じたり認識したりしていないなんて、知らなかったし


みんな違うのが当たり前だから

人との差異に無頓着だった


あーそりゃあ違うよねー


としか思わなかったから


人と違うことで傷ついたりしなかった


自分はアーティストだし

人と人とが違うということなんて

素敵なことだとしか思わなかったから


みんなと同じが安心するっていう人もいるけど

本当はみんな違うのに表面上は同じフリをしていなきゃいけないことが窮屈で苦痛だった


そう、それで

やっぱり私は自分がすごく

普遍的な人間だって

同時に思っている


あなたと何も変わらない

ただのひとりの人間


そして誰もが特殊で唯一無二で特別な存在


どちらも同時に成り立っているのが

この人生だし

この世界


あなたと私は

全く別の人物だけど

全くもってただの人間だし

そんなに変わらなくもある


だけど

多数派じゃないとされたら

簡単に無かったことにされてしまうから

たくさんの微細な差異に名前が必要で

それを掲げたり背負って生きる人がいる


肩書きや名乗りに関してはとても悩ましい

だって、私はただの私だから

ただの人間だから


だから、本当はなんでもいいんだけど

沢山あるその差異の中に私に当てはまるものがあるならば

その片棒を担ごうか

という気持ちになっている


簡単になかったことにされてきた人たちのことを思うと

その痛みを私が引き受けられるなら

喜んでするよ、と思う

痛みってのは、分け合えば一人分が減るものだから


あなたの絶望を

美味しく調理して

分け合って食べたい

 

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春のダイナミズム

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自分の中に疲弊しきっている箇所を見つけたけれど、それがどこにあるのか、なにに疲れ切っているのかは、わからなかったから

見つめてみようと思った。


今年になって続けていた日誌もチャネリングも一旦止めざるをえなかったし

自分に課した宿題の全てを止めた

というか

やろうとしても全く動けなくなっていた。


心のどこかでは、参ったなと思ってもいたし

はやくやらなくちゃ、とも思っていたけれど

その気持ちを感じればなおさら

そのことが出来なくなった。


LASの宿題も、書いていたお手紙も

確定申告や、その他のやると決めていることの全てに向かう力が全く出なくなってしまった。


こうなったら、もう

無理に進めようとしても

出来ないものは出来ない。


降参して

自分の内側を見つめていた。


見つめながら

労働をし

生活をし

心が動くことに任せて

ただただ過ごしていた


そして時々

何に疲れきっているのかが、突然、わかる

みたいな自動ダウンロード状態が

発作のようにやってきては

嗚咽して号泣した。


私が置いてけぼりにしていた私の一部分からの、悲鳴のような叫びを自分に許した


魂が引き裂かれてしまうくらいの

悲しい気持ちを受け止めるのが

精一杯のできることだった


自分の能力を恨みたくなったりもしたし

自分が出来てしまうことを呪いさえしそうになった


この出来事の向こう側に光を見せてくれたから、なんとか進んで来れたけれど


危うく、悲しみの渦に飲み込まれて

溺れてしまいかねないほどの

自分の愛の深さがつらくて悲しかった

 

私は自分の悲しみを見過ごしてしまうことがある


目の前の大切なことのために

献身してしまい

自分の心の奥にヒビが入っていても

耐えてしまうところがある


いや、あった。

敢えて過去形にする。

もう終わりにしたから。

そういう生き方は。


あったことを見つけて認めて

たくさん泣いた。


チャネリングは意図的にしていなくとも

自分が必要とする出来事が次々と起きてくるから、ものすごく忙しかった。


動ける方向にしか動けなかった


ずっと閉じ込められていた犬が

野原に放たれたときのように

心の動くままにただただ動いた


そうしているうちに

やっと、自分の疲弊しきっていた箇所が

元気を取り戻すようになってきた


もうそろそろ書ける気がする

と、こうして書いてみている。


転んだときの怪我もちょうど癒えてきたし

書けるようになってきたし


春の生命力のダイナミクスとともに

私も蛹になり蝶になるかのような

大きな変化の中にいるのを感じている


より本質的に

より喜びのほうに

開いていっている


やっと

やっとここまで辿り着けたことを

ひとまず

祝福したい気持ち

 


ありがとう

 

2022/3/16/Wed

社会変革の萌芽と芸術

怪我をして身体にダメージを受けたことで思うように動けず

これは休養を要しているのだなと思って

映画を観に行った。


濱口竜介監督の『ドライブマイカー』


自分の気持ちを押し殺して生きることは

誰かを殺すことと同義なのだ


私たちは自分の本当の心から生きているか?


それを問うような映画だった。

濱口竜介監督の『偶然と想像』『passion』を観て、この監督は今まで映画が成して来なかったことをしている、革新的な映画を撮っている、と感じていて、彼の撮った全ての映画を観たいと強く思っている。


こんなことは日本の映画監督に対して思ったことはこれまでなかった。


革命的かもしれない。

 

 

LOVE MYSELF

LOVE YOURSELF


すごくPOPにメッセージを発している

韓国出身のボーイズバンドBTS


こういったメッセージは、スピリチュアル界が何十年も前から伝え続けてきた内容でもあり、それはそういったことに興味関心のある人たちには届いてはきたが、そうでない人たちにはスルーされたりもしてきたのだ。

そんな個人の小さなことよりも経済のほうが大切、みたいにして。


これらのメッセージがこうしてアジアのボーイズバンドというアイドルグループによって発せられることで、この何十年とは違う年代や、異なる層に働きかけているのを見ている。


彼らが世界的に売れたことでさらに深い意味を持つような現象になったし

世界中にそのメッセージを必要としてきた人たちがいるということが明確になった。


韓国出身の若いボーイズバンドのアイドルグループが発することでしか、そのメッセージを受け取れなかった人たちがいる

ということ。


スピリチュアル的に見て

彼らがものすごく偉大な事を人間にもたらしているのを見ている。


ハッキリ言って、革命だと思う。


彼らは人種主義差別への反対表明をしたりもするし、実際BLACK LIVES MATTERとも連帯をして、BLMの中でもBTSからのメッセージに力をもらって動いていた人たちがいたり。


他にもいずれ書こうとは思っているけれど

様々なことが、彼らの存在や活動を介してそのバイブスが拡がっていっていて確実にそれらは社会変革の萌芽となりつつある。


アジア出身の若い男の子たちによる音楽とダンスとメッセージや彼らの在り方から

これから向かうべき世界の在り方をメッセージとして発するなんて

神の采配はなんて鮮やかで無駄がなく素晴らしく楽しいものだろう

と思う。かなりハイセンスに完璧なことをしてくるものだな、と思う。


まあBTSに限らず「芸術」というのはそういった神の道具だから

器を磨けばかなり世界の変容を促すような作品が作れたりするのだ。


そういった意味でも、濱口竜介監督はもの凄い。私とほぼ同世代。


世界では戦争が起きているけれど

私はその向こう側にある

新しい私たちの在り方がある世界を

見ているし

見ていることは信じていることと同義であり

世界を変え得ることを知っている。

 


あなたはあなたの本当の心から

生きていますか?

 

いつ死んでも後悔のないように生きたい。

 


濱口竜介監督の映画、おすすめです。

もちろん、BTSもね!

 

 

 

 

傷と身体と記憶

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怪我をすると、痛みを味わいたくなくて

 

その部分のグラウンディングが深まらない

 

ということが起きがちだ

 

意識をしっかり入れると、痛みをじっくり感じることになるから

 

無意識に、少し浅くなる

 

 

それと同じようなことが

 

身体的な怪我ではなくて、心理的なショックや傷つきを

 

身体状況とセットにして身体が記憶していて、グラウンディングが弱まるということが、起きていたりする

 

 

身体というのは、ものすごい情報量を物質化しているようなものなので

 

身体の奥深くに眠っている記憶を、身体からのアプローチによって掘り起こすこともできるし

 

心理的な状況を身体を使って再現することで、その時の身体への記憶のされ方を掴むこともできる

 

 

身体は記憶装置

 

脳だけじゃなくて、身体も丸ごと全体を使って、記憶というものは、なされている

 

だから、誰かの体に触れる、ということはその人の過去も現在も未来も含めたその人の人生に触るようなものなのだと思う

 

神聖な行為だな、と思う

 

 

他者の身体には、敬意と愛をもって、触れたい

 

 

過去の感情を扱うワークを通して、さらにグラウンディングを深めていって

 

不要な力みが極力ない状態の身体になっていく

 

ただそこにいるだけで癒しが起こる

 

そんなひとになっていけたらいいなと思う

 

 

ランニングしてて2回も転んで、膝を打って擦りむいて痛いけど

 

生きるって楽しいなって思う

 

 

おやすみなさい!

 

 

2022/3/4/Fri