不思議のるつぼ

アドココはづき日誌

バランスを整える

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最近、朝6時前に起きて体を軽くほぐしグラウンディングしてチャネリングして絵を描いて出勤して

帰宅してグラウンディングしてブログ書いて絵を描いてアップしてお風呂入って寝る

という生活をしていたのだけど、これだと他のことが全くできないということに気づいた。

 

今回、LASヒーリングスクールに通うに際して、知人友人からお金を借りてまで行く、やるからにはやる!と決意して

気合が入っている。だから本気で自分ができる得意なことをやっていくぞ、とやってきたわけだけど

ちょっと、やりすぎていたというか、バランスがおかしくなっていたみたいで

バタバタと参加した娘の卒業式を終えて、予約してあった映画を観に行った。

 

濱口竜介監督の『passion』

人間て、めちゃくちゃだな、って思った。

途中まではすごくしんどい気持ちでそう思っていたが

後半は、より一層めちゃくちゃになり、そこからがとても良かった。

冬の曇天模様から、スッと真っ青な晴れ間が見えたときみたいに

心が軽くなった。

私も、めちゃくちゃな人間だからだ。

 

人が自分の真実を生きるということは

本来、いろんなことが破綻することなのかもしれない

 

創造的であることは同時に破壊的でもある

 

既存の枠組みに囚われないどころか

その仕組みを軽々と飛び越え

仕組みそのものを崩壊させる可能性を持つ

 

だからこそ、人は憧れ、恐れるのだ

 

自分の真実に触れるということを

 

恐れるからこそ、必死で抵抗しようとする

 

心の底では、真実の流れに乗ることを渇望し憧れているにもかかわらず

 

全力でそれを否定し、真実から目を逸らす

 

 

そのようにして成り立っていることは、この世界にどれくらいあるのだろうか?

 

 

映画を観終えて、電車に揺られ、ぼんやりと周りの人々を眺めていたら

5歳くらいの子供が無邪気に親と話しているのが見えた。

いいなあ、私も、あんなふうに、なにも知らない無邪気な状態で、いま、生きれたら、どんなに楽だろう?

人生の意味とか、使命とか、自分の真実とか、高次元意識とか何も知らないままに何も考えることなく

純真に生きれたらいいのに、と、そういう思いがふとよぎったのだ。

 

涙がポロポロとこぼれ、力が抜けていくと同時に

肩や首や体の奥の方に、ぎゅっと力が入っていたことに気がついた。

 

あ、これは疲れているんだな、と気づけたことで

その状態を許せた。

力が抜けていくことを許せた。

 

本気で取り組むと決めたが故に、ちょっとやりすぎていたんだと思う。

 

それに、私にとっては「継続」というのは課題だから

よりいっそう、継続し、やり遂げるんだという自分に対する誓いを強く立てていたところがあって

これが、ちょっと過剰だったのだろうと思う。

 

思いつきやひらめきやアドリブは大得意なのだけど、継続して定期的にやる、ということをしてこなかった。

 

グラウンディングも毎日何回もしているし

チャネリングすることも至福だし楽しいし

継続することで、どんどん深まっていく何かを感じているところだ。

 

だけど、他にもやることが控えているので

バランスを調整することにする。

 

チャネリングは、先日モニター募集でお申し込みをいただいた方のを優先して

その他の毎日やっていたものは、本当にちゃんと余裕を持ってできるとき、インスピレーションとして来たとき

もしくは誰かから依頼として受けたとき、とする。

 

この日誌自体は、自分の考えを整理して言語化することで、自分の癒しにもなっているところがあるので

毎日、書いていくことにする。

 

1日1枚の絵を描くことは、深呼吸をするみたいなものなので、これもできるだけ毎日続けていく。

 

こうして振り返ってみると、やっぱりチャネリングってものすごくたくさんのエネルギーを要することなのだと改めて思う。

二ヶ月間、やってきた実感としても、そうだ。

 

他に仕事をしていなければ、きっと全然できることだろうと思うけれど、今は毎日はやめておく。

 

これが今の私にとってしっくりくる、バランスだ。

 

自分の真実に真摯に生きるというのは

ときに破壊的でもあるし、創造的でもある。

 

自分の真実を生きることは

誰かの期待や、誰かから愛を得るために何かをするのをやめること

やめてもなお、湧いてくるものを丁寧に一つ一つ拾いあげていくこと

 

真実が起こす破壊と想像が

なにもかも劇的である必要はなく

静謐の中でこそ輝いてくるということもあるだろう

 

試してはぶつかって、方向を変えてまた進み

一枚ずつ玉ねぎの皮を剥くようにして

自分の深淵へと向かっていく

 

こうして生きることは

自分にとっては選びようのないほど

生きることそのものと結びついている

 

いろんな経験をして、いろんな思いを味わって

旅立つ日まで、こうしていろんな自分と出会い

あなたと出会っていきたい

 

今日も、どうもありがとう。

 

おやすみなさい。